今日は休息します

あなたに伝えたい 〜冷えとり体験談と自己探求の旅〜

鬼子母神に学ぶ生き方

みんなー!西遊記の再放送見てる?

今はⅡだよ!西遊記Ⅱ』tvk 毎週月曜 19:00〜)

高嶺三枝子のお釈迦さまに癒されます。大好きです。

前回の「異説・鬼子母神由来記」の回では和田アキ子鬼子母神の役で、若くて綺麗でしたね。母性的な雰囲気が役にぴったり。

 

所で、私はベジタリアンですが、その生き方を変えようとはしないのは鬼子母神の話が強く残っているからです。

鬼子母神ってどんな神様?

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鬼子母神

鬼子母神

500人(一説には千人または1万人)の子の母であったが、これらの子を育てるだけの栄養をつけるために人間の子を捕えて食べていた。そのため多くの人間から恐れられていた。

それを見かねた釈迦は、彼女が最も愛していた末子のピンガラ(嬪伽羅、氷迦羅、畢哩孕迦 )を乞食(こつじき)に用いる鉢に隠した。彼女は半狂乱となって世界中を7日間駆け抜け探し回ったが発見するには至らず、助けを求めて釈迦に縋ることとなる。

そこで釈迦は、「多くの子を持ちながら一人を失っただけでお前はそれだけ嘆き悲しんでいる。それなら、ただ一人の子を失う親の苦しみはいかほどであろうか。」と諭し、鬼子母神が教えを請うと、「戒を受け、人々をおびやかすのをやめなさい、そうすればすぐにピンガラに会えるだろう」と言った。彼女が承諾し、三宝に帰依すると、釈迦は隠していた子を戻した。

鬼子母神 - Wikipedia

 

諸説あって、人間の子は自分の子の大好物だから与えていたとか。それだけ思うと鬼子母神は最初から良いお母さんに思えるが。

お釈迦さまの計らいで、人間の子が食べられなくなって、めでたしめでたしじゃない。

私はこれを、鬼子母神を人間、人間を牛に置き換えて考えてしまうのです。 

人間も牛のお母さんから子牛を奪っているわけで、牛だけじゃなく豚や鳥からも子を奪い続けているわけです。

 

牛は悲しむのかと疑問に思った方は、親子の牛を見かけない理由とかで検索すれば沢山話が出てきます。

じゃ、親子一緒にいる山地酪農ならいいんじゃない?って思ってたけど…

地球生物会議ALIVE ←このサイトのどこかに書かれています。

山地酪農も最後は肉にするそうで。

商売だから仕方ないけど、商売にするとこういう事が起きるわけですよ。

畜産は絶望的だなと。パンデミックもあるし。

 

鬼子母神は堪え難い苦しみを理解し、素直に求め、改心したから、願いが叶った。

 

私は、どうしようもなく苦しんでいた時、藁をもすがる思いで読んだ書物に、人間の食べ物は穀物菜食と知った。動物の肉はもう食べないと決心して直ぐ、願いが叶った。

 

 

仮に鬼が「人の肉を食べる時は感謝していただいているからいいんです^^」って言ってたらどうよ?

お釈迦さまも困っちゃうよ。イエスー、どうするこの鬼ー。

聖☆おにいさんも好き。

 

鬼子母神は、未子を返してもらった後、どうしたか...

五戒を守り、施食によって飢えを満たすこと等を教えた。かくして彼女は仏法の守護神となり、また、子供と安産の守り神となった。盗難除けの守護ともされる。

鬼子母神 - Wikipedia

 

人間も改心して人になるベー!

 人間には代替肉があるのです。最近は種類も豊富で本物の肉より美味いとか。

それでも肉が食べたくなったら柘榴食べてみる?

 

他者との関わり

鬼滅の刃は見てないけれど、あれが流行ったのは、異なる者との折り合いのつけ方を、大多数の人が模索しているからなんじゃないか。

人種や移民問題、熊などの野生動物、意見の違う人との関わり...。色々あるよねー。

それと、やたら熱いセリフが、今の時代に合っているんでしょうね。

 

住んでる地域によって肉食以外の選択肢がない場合は悪くないと思いますよ。

猟も一対一の戦いって感じでいいと思いますし、それを食べたい人は食べればいい。

しかし、現状は仕方ないと考えるのを止めてしまうのはいかがなものか。

 

言葉含め 口にするもので人は造られるから

子供の頃見たネプチューンか誰かの番組で、ケニアのマサイ族の家族を、日本でホームステイしてもらう企画があったんです。もてなすために夕飯にステーキを出したら、マサイの人に「お前、牛飼ってたのか?」と言われ、買ってきたと言っても通じず。

どこの肉か分からないものは食べないようで、その晩彼らは何も食べなかったのが印象的でした。

 最近の番組だと、「世界くらべてみたら?(TBS)」の『初めて日本の食べ物を食べたときの反応』をくらべてみたら?というコーナーで、アフリカのどこの国か忘れたけど、食べてみて!と差し出しても、誰も食べたがらないのです。

「お前が食うなら食う。」と、リポーターが食べて見せて初めて、渋々食べていました。

これ見て、本来、口にするものはそれくらい慎重にならなければいけないものなんだと思いましたよ。

 

冷えとりの本にもある、招待されたら、感謝して食べればいい、というのは私はこれだけは賛同出来ない。

食べたくないものを食べないで済むよう回避する方法はいくらでもあるわけだし。

例えば、根菜NGなジャイナ教の人に根菜料理をふるまうのは、もてなす側の問題。

今はアレルギーや病気で食事制限している人は増えているから、変に思われることも少なくなってるんじゃないか?

思想からの人は、私はこういう考えで生きてるもんで、って話したらいい。

それで切れる縁ならそれまでよ。

あんたと会って話しが出来るだけで充分なんだわ。

何が大事か、価値観が分かれてもいいんじゃない。

言ってみると結構合わせてくれる事が多いですよ。それでこそ本心から感謝出来ます。

 

まぁ、あーだこーだ私が言えたもんじゃないですけど。

猫にはキャットフードあげてるし、矛盾は承知ですよ。

月に一度くらい乳製品や卵が入ったものを何かしら食べてますし。ヴィーガンの人はすごいね。

食べる場合は、もらったものだけで、自分でお金を出して買わないと決めているだけ。

 

でも、肉はどうしても共食いの感覚なわけですよ。

それと、やっぱり鬼子母神

よそから奪ったら、奪われる気がして。私は肉を食うことが出来ないのです。